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09. 最新スピーカー測定技術「スピノラマ」


スピーカーに関する測定は、以前から様々な方法が試されてきましたが、近年になってトール博士(Floyd E. Toole)の「スピノラマ」という評価方法が注目されつつあります。ここでは、それについて説明をしようと思います。



そもそも「スピノラマ」とは

スピノラマは、従来の周波数特性グラフをより多面的な視点で評価できるようにしたグラフの描き方です。2015年に米国家電協会CEAの「家庭用スピーカーの標準測定法(CEA-2034 Standard Method Of Measurement For In-Home Loudspeakers)」に登録されたことで徐々に有名になりつつあります。

構成要素は「On Axis(軸上)」「Listening Window(リスニングウィンドウ)」「Early Reflctions(初期反射)」「Sound Power(音響パワー)」「Directivity Index(DI値)」の5つです。それらが周波数特性として重ねて描かれています。
※DI値は、グラフ下部に初期反射基準と音響パワー基準の2本が描かれます。

 
 「スピノラマ」に基づく表示
 AudioScience by Floyd E. Toole, Ph.Dより

ぱっと見た感じでは、従来の「軸上周波数特性、30°や60°の軸外特性」に近いように見えますが、以下の点で非常に大きな意味をもっています。

 ・耳に聴こえやすい共振によるピークを、1枚のグラフで判別できる
 ・このグラフに基づく演算で、人の聴感における「好感度(preference rating score)」を算出できる





従来の軸上周波数特性グラフの問題点

経験豊富なオーディオマニアであれば、スピーカーの正面軸上で測定した周波数特性が、聴感と一致しないこともあるという感覚を持っているかと思います。

その要因の一つに、スピーカーの軸外放射特性があるとされています。
AudioScience by Floyd E. Toole, Ph.Dより

こちらの図で示すように、実際のリスニング空間ではスピーカー正面に座るリスナーへの直接音(The direct sound)だけでなく、例えば壁や床に反射した初期反射音(The early-reflected sound)も含めて我々は聴いています。


Sound Reproduction: The Acoustics and Psychoacoustics of Loudspeakers and Rooms(Fig.5.7)より

このときの反射音は、スピーカー軸上の音ではなく、スピーカーの斜め方向、さらには後ろ側に近い方向の音も含まれています。
これらの音色を判別するための周波数特性は、従来の正面軸上での測定結果では抜け落ちていました。




スピノラマ手法のための周波数測定

スピノラマのための測定では、垂直と水平方向に10°刻みで周波数特性を測定する必要があります。
細かいことは、トール博士の著書「Sound Reproduction」(Amazon)を読んでみると良いでしょう。

Sound Reproduction: The Acoustics and Psychoacoustics of Loudspeakers and Rooms(Fig.5.5)より

目的はスピーカーからの全方向の放射特性を調べることですが、この40点の測定ポイントで必要十分であるとトール博士は主張しています。
確かに、特殊なビーム状の指向性を持つ研究用スピーカーではより細かい測定点を設ける必要があるようですが、一般的な家庭用スピーカーではこの40点で問題なく評価ができるそうです。


次に、この測定データに基づいた、スピノラマのグラフで使われるデータ①~⑤を順番に説明していこうと思います。

 
 AudioScience by Floyd E. Toole, Ph.Dより

   ①On Axis(軸上)
   ②Listening Window(リスニングウィンドウ)
   ③Early Reflctions(初期反射)
   ④Sound Power(音響パワー)
   ⑤Directivity Index(DI値)





①On Axis(軸上)

これは従来の測定手法と同じ、スピーカー軸上での周波数特性です。

先の紹介した図面では、ツイーターとウーハーの中央付近を「軸上」としていますが、具体的にどのようにして軸上を決めるかは私はまだ読み取れていません。(どこかの文献に書いてあるかもしれませんが…)

この特性がフラットであるのが望ましいですが、偶然に音の干渉(例えばバッフル上にある複数のユニットの距離差)による特性の凹凸を拾ってしまうこともあります。

音の干渉による特性の凹凸は、角度が少し変わることで消えたりするため、軸上特性のみに特異的に現れる凹凸は、聴感上は大きな問題にはならないとされています。




②Listening Window(リスニングウィンドウ)

±10°の垂直方向および±30°の水平角度範囲における、9つの周波数応答の空間平均を表します。

 
Sound Reproduction: The Acoustics and Psychoacoustics of Loudspeakers and Rooms(Fig.5.6)より

言葉で表すと難しいのですが、複数のリスナーで聴いたり、一人のリスナーが顔を動かしたときに、直接音に相当する範囲の音の平均値、というイメージで良いでしょう。

ここで「平均値」をとることで、音響干渉によって引き起こされる小さな変動が減衰します。その結果、耳につきやすい共鳴(=より広い方向に放射される)ピークディップが曲線として強調され、判別しやすくなる効果があります。

こうした直接音に相当する特性は、音響パワーとしては小さいですが、最初に到達する音であり、音場や音像の認知のために重要であるとトール博士は主張しています。
また、①②が滑らかなことは良い音になる可能性の一つですが、「良い音」のためには、より強い音である③に示す初期反射音(軸外放射音)の影響が大きいとのこと。

これらの詳細は、下記を参照すると良いでしょう。
Sound Reproduction: The Acoustics and Psychoacoustics of Loudspeakers and Rooms(p.126)




③Early Reflctions(初期反射)

これは先ほど測定した70の測定値から選択されたデータを組み合わせて算出される、一般的なリスニングルームにおける初期反射音(1回反射音)の推定値になります。

 
Sound Reproduction: The Acoustics and Psychoacoustics of Loudspeakers and Rooms(Fig.5.6)より

具体的には、「床面反射」「天井反射」「壁面反射」「リスナー背面反射」の各特性を適宜考慮して出てくる値で、複数の部屋での実測に基づく平均値が計算(各要素の重みづけ)の根拠になっています。

ここでは、壁面の吸音特性(例えば、壁紙が高域を強く吸音する等)は考慮されていませんが、トール博士は「そこまで悪い特性ではない」と述べています。
Sound Reproduction: The Acoustics and Psychoacoustics of Loudspeakers and Rooms(p.126)より


この初期反射の特性は、後に指向性を示すDI値を算出する重要な値になります。




④Sound power(音響パワー)

これは、従来は「残響室」という無響室とは真逆の特性をもつ部屋で測定されていたものと同じです。スピーカーの全方向から出る音響パワーを平均した特性です。

 
Sound Reproduction: The Acoustics and Psychoacoustics of Loudspeakers and Rooms(Fig.5.6)より

ここでは、無響室で測定した70の測定値から、ANSI / CTA-2034-A(2015)に従い、球面放射の状態を算出します。残響室では若干のブレ(残響室の反響状態など)を含むことが多かったため、こちらの方法がより好適であるとしています。

この曲線自体には聴感での印象との関係は無いとしつつも、音響パワー曲線で見える凹凸は極めて大きな共鳴に基づくものであり、聴感で気になる可能性が高いと言えます。
※大きな共鳴=鋭いピークとは限らない。




⑤Directivity Index(DI値)

これは②リスニングウィンドウ曲線と④音響パワー曲線(もしくは③初期反射)の差を表すものです。

つまり、⑤=②-④、もしくは⑤'=②-③ということですね。単位はdBです。

ここで、⑤=0dBとなる場合、そのスピーカーは無指向性をもつと言えます。





スピノラマを描くには

スピノラマの一部の特性が複雑な計算を必要とするのは、上に示した通りです。これを一般のオーディオマニアが使いこなすにはどうすれば良いのでしょうか。

近年ではアマチュアでも使えるフリーソフト「VituixCAD」がスピノラマに対応しているので、そちらを活用すると良いでしょう。


VituixCADの日本語での説明は、下記リンク先が参考になります。

VituixCADマニュアル(マスターブック公式ページ)
自作スピーカー マスターブックの編著者が運営するページ。

  



VituixCAD(趣味の小部屋)
私、カノン5Dが作製した簡易マニュアルの紹介。
※スピノラマについての言及はありません。




スピノラマを読み解く

スピノラマは、こうして①~⑤のデータを含むグラフなのですが、これを読み解くには少しばかりの慣れが必要です。下記の図に例示されているデータが参考になるでしょう。

 AudioScience by Floyd E. Toole, Ph.D Fig9, Fig10より

(Fig9)良好な特性を持つスピーカーの例


(Fig10)耳に聴こえる問題をもつスピーカーの例


シンプルに言ってしまえば、軸上(もしくはリスニングウィンドウ)がフラットで、それぞれの曲線が「滑らか」になっているのが好ましい、ということですね。
また、先ほど少し述べましたが、どの曲線にも同じように現れる凹凸は耳につきやすい音であるという見方もできます。




周波数特性を読み解く

周波数特性を見るうえで気を付けたいポイントは、細かいピークディップより、緩やかな「うねり」をもつ周波数特性の変動のほうが耳に聴こえやすいという点です。

この凹凸の鋭さを「Q(共振先鋭度)」で表すことができます。このQが大きい値だと、鋭いピークになります。
我々の感覚だと、Qが大きい、つまり鋭いピークの方が問題になるような気がしますが、実際は違うようです。


Sound Reproduction: The Acoustics and Psychoacoustics of Loudspeakers and Rooms(Fig4.11)より

こちらの図で示した実験では、テスト信号や音楽を使い、どの程度のピークを聞き分けられるかをテストし、「リスナーが違和感を感じない上限値」を示したものです。

グラフに示されるよに、Q=50の鋭いピークに比べ、Q=1の緩やかなピークは比較的変位の小さい凸でも判別できたという結果になっています。これは従来からも言われてきた「細かいピークディップは聴こえにくい」という話にそう結果です。いわゆるフラットな特性が是であるという話になります。

こうした緩やかな変化は、帯域バランスの乱れや、ボーカルの張り出し感などに影響すると考えられます。スピーカー固有のキャラクターを排除するのであれば、やはりフラット特性を目指すべきでしょう。

その一方で、Qの大きい鋭いピークでも、そのピークとなる周波数に特異的に重なる音程の楽器があった場合は判別できてしまう、という結果もあります。
オーディオマニアのいう「特定の音源で気になる癖」に相当すると思われます。人間の聴覚は侮れないものですね。


以上のように、周波数特性を見るとつい細かい凹凸が気になってしまいますが、まずは全体の形を把握することを心がけると良いでしょう。そして、さらなる確認のためには高解像度のデータで共鳴の有無を突き止める...という流れでみるのが良さそうです。




スピノラマと、人の聴感「好感度(preference rating score)」の関係

スピノラマがより現実に即した測定手法であることは、上に述べたとおりです。では、これでスピーカーの良否を定量化できるのか、という疑問がでてきます。

それに対して、トール博士の同僚であるオリーブ博士(Sean Olive)は1999年頃から研究を行っています。そして、2004年に発表した論文ではとくに詳細にその内容が記載されています。

その内容を簡単に説明すると、下記3項目を重みづけをして採点するようです。

軸上・軸外の周波数特性のスムーズさ【38%】
 この項目の中には下記の2つが含まれます。どちらも標準的な部屋を想定した特性とするために、軸上と軸外の特性の双方が考慮されます。
 ・【20.5%】NBD_PIR 標準的な部屋での試聴で想定(Predicted In Room)される100Hz~12kHzの1/2オクターブ平均の偏差(凸凹の大きさ・帯域バランス、Narrow Band Devitation)
 ・【17.5%】SM_PIR 標準的な部屋での試聴で想定される100Hz~16kHzの滑らかさ(凹凸の粗さ、細かいピークディップ、Smoothness)

軸上応答における周波数特性の滑らかさ【31.5%】
 ・略称はNBD_ON(On axisのNarrow Band devitation)。①で出てきた「NBD_PIR」の軸上特性版になります。

低音の伸び(LFX)【30.5%】
 LFX(Low Frequency extension)の略。300Hz~10kHzのリスニングウィンドウの能率から、-6dB下がったポイントの周波数で定義します。
Sound Reproduction: The Acoustics and Psychoacoustics of Loudspeakers and Rooms(5.7.2章)より

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余談ではありますが、主に300Hz以下の低音は部屋の特性に大きく左右されます。また、試聴音量に基づく聴こえ方の影響(小音量では低域は少なく感じる)もあります。これらの事象に対して、トール博士はトーンコントロールやイコライザーの使用を推奨しています。
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これらから算出される総合値を「Predicted preference rating score(予測される好感度)」と定義しています。
これを算出する3項目のうち、低音の伸びに関する項目が1/3を占めているのが印象的です。小型スピーカーと大型スピーカーの違いは誰が聴いても明らかなので、こうした重みづけになったのでしょう。



この指標の応用例として、「予測される好感度」を6.0以上にすることを目標にした製作が、マスターブックの著者 だし氏によって行われています。

 
 自作スピーカーマスターブック
 「2Wayスピーカープロジェクト Śiva Project BS2-WG」(リンク




スピーカーの優劣を、測定で表せるのか

スピノラマ、さらにはオリーブ博士の研究をもとにすれば、「予測される好感度」の数字だけでスピーカーの優劣を語ることができるかもしれないという可能性も出てきます。

トール博士の著書「Sound Reproduction」によれば、米国ハーマンの試聴室で実施したブラインドテストで、多数のリスナーの平均をとることで、かなりの高確率でスピノラマから求めた「予測される好感度」とリスナーの意見(=好感度)が一致したそうです。
※好感度の指標がリスナーの意見と相関するように作られたものなので、一致すること自体は驚くべきことではありません。ただ、その結果に再現性があり、リスナーの人種や性別・年齢を問わず同様の結果が得られたというのは、興味深いことだと思います。

しかしながら、これはあくまでもブラインドテストでの結果です。書籍「Sound Reproduction」の第3.1章では、試聴したスピーカーの種類を「認識」した試聴者はブラインドテストとは異なる意見をもつというデータが示されています。


トール博士は、その結果からブラインドテストが必須であると結論づけました。しかし、私は少し懐疑的な見方をしています。
少なくとも我々オーディオマニアが「自分が使っているスピーカーを知らない」という事は無いと思いますので、ブラインドテストでのみ証明された結果を現実のスピーカー評価に直接的に持ち込むのことに対し、私は違和感を感じざるを得ません。
※エンドユーザーがスピーカーを認識できない、テーマパークや映画館の音響や、モニタースピーカーの選定などは、このブラインドテストが有用であるのは間違いないでしょう。



こちらのwebページでは、特性をもとに市販されている様々なスピーカーの「予測された好感度」が示されています。
日本でも知名度の高いスピーカーも含めて掲載されていますが、あなた自身の実感と比較していかがでしょうか。

 
A collection of loudspeakers measurements (pierreaubert.github.io)




より実践的には、日本のウェブサイト「Innocent Key」の著者が「予測された好感度」の高かったスピーカーと低かったスピーカーそれぞれの試聴を行っています。そこでは下記のようにまとめがなされています。

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"・スピノラマはどんな環境でも安定したバランスの良い音を出せる、この指標としてはよく機能する
・ただしスピノラマは決してスピーカのすべてを表す指標ではない
・スピノラマでわかるのは、全体のバランスのよさ、セッティングの容易さ、リスニングポイントの広さ、部屋や場所を選ばない性能
・スピノラマでわからないのは、質感、箱鳴りの程度、歪率のような要素
"
現代のスピーカ測定指標、スピノラマの妥当性をチェック
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また、ハイエンドオーディオ自体が少数派の市場なので、スピノラマに基づく統計的な好感度評価がうまく機能しないのでは、という言及についても、私は同じ考えを持っています。




位相特性、歪の考慮

ここまでの議論で、位相特性や歪率についての言及はありませんでした。

トール博士は著書のなかで、これらについて「特定の条件では認知できるけれど、重要因子ではない」「(歪率は)小型ラジオならともかく、通常のスピーカーでは問題にはならない」として、軸外・軸上の周波数特性を優先して議論を進めています。

その一方で、これらの性能もスピーカーの特性を決める重要な要素であると感じている人は多いでしょう。
スピノラマは確かに有力な指標ではありますが、それだけに縛られずに、自分の耳と対話しながらのスピーカー選び・設計もまだまだ続くと思われます。それが、オーディオの趣味性というものではないでしょうか。




まとめ

スピノラマは最近注目されてきたスピーカーの評価方法で、従来の軸上だけでの評価と比べてより現実に即した手法だといえます。
また、大規模なブラインドテストにより、スピノラマから求められる「予測される好感度」が、人々の意見を統計的に反映しているという結果が得られています。

トール博士は、著書の中で試聴ができるオーディオ専門店の減少を憂いており、そうした現実を打破しようとして細かな研究を積み上げていることには敬意を表したいと思います。

しかしながら、スピノラマの結果を理由に特定のスピーカーを蔑視するのは、オーディオ趣味として望ましくないでしょう。

測定結果とうまく付き合い、より良いスピーカー選び・スピーカー製作のために、メーカーとユーザーが共にスピノラマを適切に活用していくことを望みます。



 


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