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13. 超低音のためのウーハーユニット設計
オーディフィルのサブウーハー「SW-1」では、自作のウーハーユニット(以下、ウーハー)を搭載しました。25Hz以下を狙うような超低音の再生で、どのようなウーハー設計が必要になったのかをここで説明しようと思います。
サブウーハー「SW-1」
ウーハーの口径・サイズの選定
「低音を出すには、大口径のウーハーを搭載すべき」という考え方が知られています。大型のスピーカーからは、確かに雄大な低音が再生されるイメージがあります。
試聴した10~21cm口径のウーハー
まず、10~21cm口径のウーハーを用意して、比較試聴してみました。確かに、大きい口径のほうが低音が出ているようです。さらに大きな30cm以上の口径のウーハーもありますが、日常生活に馴染むサイズとは言い難くなるので今回は除外しました。
そこで、21cm口径をターゲットとして、箱を作製してみました。容量30Lの密閉型です。
VituixCADでシミュレーションをすると低域下限は17Hz(-10dB)という結果でした。実測も同じように出てきて一安心です。しかし、実際に聞いてみると余り低音が出ている感じがしません。確かに10cm口径よりマシですが、
このサイズで期待するような風圧を感じるような低音とはいきせんでした。
箱のサイズ
21cmウーハーにとって箱が小さすぎたかと思い、箱のサイズを大きくしてみました。
内容量は、前回の倍近い50Lにします。内部補強もしっかりと施し、超低音の音圧に負けない設計にしてみました。
シミュレーションでは17Hzまでの低音が出ていますが、50Lまで大きくしたのにも関わらず先ほどの30L箱と殆ど変わらない特性です。
過去の制作も含めての経験談になりますが、箱容量は確かにある程度必要ですが、
過剰な容量の箱を用意してもそれほどメリットがないと感じています。
たとえば、8cmフルレンジに対して、1~2Lの容量の箱では低音が明らかに不足します。しかし、6Lを超えるような箱では確かに低域下限は伸びますが、どことなく無理をしたような音になってしまい、期待するような低音の質感とは異なってしまうのが常です。
振動板の重さ
スピーカーの振動板とは、音の出るコーンの部分です。これが前後に動いて、音を発しているのは皆さんご存じでしょう。スピーカーのカタログを見ると「振動板をより軽く、高剛性なものにしました...」といった文言を度々見かけます。
低音再生を考えた時、この
振動板の重さは一概にも軽い方が良いとは限らないのです。振動板が重い方が、ゆったりと動く低い周波数の再生音圧が高くなり、より低音再生に有利になるのです。
たとえば、fostex社の8cmフルレンジは、振動系重量が1.4gと非常に軽い野に対し、20cmウーハーは37gとある程度の重量をもっています。この差により、スピーカーの低音再生限界を決めるf0(最低共振周波数)は、それぞれ150Hzと32Hzとなり、
より大きな振動系重量をもつスピーカーの方が低音再生に有利なことが分かります。
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8cmフルレンジ FE83NV |
20cmウーハー FW208HS |
振動系重量 1.4g |
振動系重量 37g |
最低共振周波数 150Hz |
最低共振周波数 32Hz |
※より詳細に知りたい方は「TSパラメーター」について調べてみるとよいでしょう。
シミュレーションをしてみても、この差は明らかです。最初にシミュレーションするのは、振動板重量が32gの20cmウーハーの特性です。
次に、この振動板に100gの錘を貼り付けた状態では、より低音が伸びた特性になります。
振動系重量32gでの特性
振動系重量32g+100gでの特性
振動系重量32g(上図)では、150Hz付近からダラダラと音圧が下がっていくのに対し、
100gの錘を付加した状態(下図)では、40Hz付近までフラットな特性が得られました。
それならばと、早速実験です。ウーハーに非磁性体素材のワッシャーを貼り付け、ひたすらに振動系重量を増していきます。
実際に音を出すと、確かに超低音がしっかり聴きとれるようになってきました。しかし、それ以上に
音のキレ味が大幅に低下してしまう問題が発生しました。純音である30Hzの信号は十分な音圧で出るのですが、音楽を鳴らそうとするとドンドンという
暑苦しい低音ばかりが耳についてしまいます。一般的にイメージされるサブウーハーの音はこんな感じかもしれません。
よく「剛性を上げて軽量化をする」という振動板作りの鉄則がありますが、それを見事に反映したような実験結果になりました。さらに言えば「
重量増に基づく低音再生特性と、聴感に影響しやすい軽量化のバランスをとること」が振動板づくりに大切な要素なのです。
振動板の剛性を上げること
上記の実験で使ってきたウーハーの振動板は、アルミ材で作られています。紙やポリマー素材と比べて遥かに強度のある金属材料なので、当初剛性は十分だと考えていました。
しかしながら、スピーカーユニットの研究を長年続けているA&Cオーディオ社の島津代表によると、「
低音再生の問題は、振動板の"釣鐘動変形"にある」というのです。
赤矢印方向の振動が"釣鐘動変形"
島津代表によると、強度のある素材(金属やカーボン)で振動板を作っても、
横方向からの応力に伴う変形(=釣鐘動変形)には弱く、これが低音がしっかり出ないことの原因であるとのこと。
[参考1] オーディフィル 公式ブログ 2020年12月31日
[参考2] オーディフィル 公式ブログ 2021年11月7日
過去には、モーダル解析などでコーンの釣鐘動変形(非軸対称振動)を研究する事例がありましたが、最近のカタログでこうした話は殆ど出てきません。
「JAS Journal 2016 Vol.56 No.1(1 月号) 【連載:Who’s Who ~オーディオのレジェンド~ 第 3 回】ダイヤトーンに生きる(その
2) 佐伯 多門」より
それならばと、早速実験です。余り剛性が高くなさそうな紙コーンのフルレンジユニットに対し、振動板を補強するように梁を作ってみました。
見た目は今一つですが、コーン紙を触ってみると明らかに剛性が向上しているのが分かります。指で押したぐらいでは、
捩れるような挙動はみせず、すっと直線的に振動板が動く感触とでもいえば良いでしょうか。
早速聴いてみると、
超低音のエネルギー感が別次元なのが分かります。グラグラと空気を動かすエネルギーは今まで感じたことのないものでした。密閉型とバスレフ型という違いもありますが、それ以前に
質感も遥かに優れているので、振動板の剛性の影響が大きいものと思われます。
3Dプリンタでの振動板作り
上記のような立体的な補強構造による剛性を「構造剛性」と呼んでいます。この構造剛性をもつ振動板を、どうやって安定した品質で作るかが問題でした。
そこで目に留まったのが、3Dプリンタでの製作でした。3Dプリンタは図面さえ描ければ
0.1mm以下の精度で複雑な構造物を製作することができます。素材は一般的なPLA(ポリ乳酸)という樹脂素材です。
樹脂、つまりプラスチック素材というと強度に不安がありますが、スピーカーの振動板にはPP(ポリプロピレン)を使う例も多くあります。PPより硬度の高いPLAを使うことに問題はないでしょう。
3Dプリンターで「富士山型」の補強材を作り、コーンの凹に合わせるように接着します。最初の6つの試作品は寸法を0.1mm単位で合わせることに精一杯で、音質が評価できるようになったのはVer.07からでした。
試作Ver.07
試作Ver.07は、その後の試作のベースとなる形状になりました。かなり複雑な形状ですが、6cm口径ユニットでの事前テストで好結果が得られた構造をもとに設計しました。
試作Ver.07の測定
Ver.07は、測定結果も聴感もまずまずの出来です。
ゴリッとくるエネルギー感のある超低音を聴くことができ、構造剛性ならではの良さを感じることができました。もう少し補強材の構造は変更の余地があるかなと思い、次の試作に移りました。
試作Ver.08
Ver.08では、表側(図面では底面)の
厚みを上げて剛性を確保することを狙いとしました。しかしながら、こちらは重量増による音質悪化の方が勝ってしまい、
モタついた低音になってしまいました。
試作Ver.09
それならばと作ったのがVer.09です。
徹底的に軽量化を施し、重量はVer.08の 70%程度まで削減することができました。
Ver.09(写真右)
実際に音を出すと、
軽量化を進めたVer.09は、予想に反して余り良いものではありませんでした。剛性不足なのか、
ナヨっとした力感のない低音になってしまいました。ある程度は、「面」で剛性を確保することが必要なのかもしれません。
試作Ver.10
Ver.10では、補強材を構成する柱(スポーク)の数を減らす一方で、一本ずつの太さを上げて強度を確保し、軽量化と剛性の両立を狙いました。
しかしながら、こちらも失敗。ゴリッとくる低音の力感は、Ver.07に及びません。
PLAの強度を考えると、柱を少なくするのは得策ではないのでしょう。最初に作ったVer.07はかなり良好な構造だったようです。
試作Ver.12
Ver.12では、Ver.07の設計を踏襲しつつも、
中央のリングの厚みを増して剛性upを狙います。数字上はコンマ数mm程度の増大ですが、この補強部材を手で捩じったときに感じる剛性は大きく向上していました。
結果は成功。Ver.07の力感を凌ぐ、パワフルな超低音が得られました。パイプオルガンの揺れる空気感もハッキリと耳に聴こえるようになり、満足度の高い超低音だといえます。これは、応力が集中するボイスコイルに近い部分の剛性が上がったことで、不要振動が効果的に抑えられたための変化と考えられます。
試作Ver.13(完成版)
Ver.13は、Ver.12と殆ど一緒ですが、
中央部の接着性を高めるために、コンマ数mmの寸法調整を行いました。振動板と完全に一致する寸法として接着効果を高めることで、補強部材の効果を最大限に高めることができます。
この変化は、主に
低音の透明度に影響がありました。
静かに深々と奏でる超低音が得られるようになったのは少し意外でしたが、好ましい変化であるのは間違いありません。
まとめ
口径選びから始まり、3Dプリンターでの構造剛性を高める試作を経て完成したのがサブウーハー「SW-1」のウーハーです。構造剛性を活用した振動板は、今までにないエネルギー感のある超低音を聴かせてくれるものになりました。
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サブウーハー「SW-1」の商品ページ
※本コラムは、開発の過程が分かりやすくするため、一部の内容を時系列と異なる順番で紹介しています。
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